幕 間
その担当を任されている生徒たちが長い休暇に入れば、彼らもそのまま同じだけの長期休暇が堪能出来ると思われがちなのが学校の先生だが。実はそうそう美味しい立場なばっかじゃあない。夏休み中だって、生徒達が登校して来るならお付き合いをせねばならないのは当然で。花壇の水やり当番程度ならば用務員さんだとか、地域の方々にお任せ出来たとしても、例えば運動部が練習を続けるなら監督せねばならないし、合宿だの対外試合だのを構えればそれへも同行を余儀なくされる。その他、関心のある教育セミナーや研究会が目白押しでもあるので、勉強熱心な先生はそれらへの参加だ公聴だでそりゃあ忙しくなり、とてもじゃあないが悠々自適とばかり遊んでなんていられない。……まま、どの先生もってワケでもないのでしょうけれどもね。
「この夏も暑くなりそうなんでしょうかね。」
「さあ、どうでしょうか。」
「でもここ数年ほどは、連続して“記録的な”っていう猛暑続きでしたしねぇ。」
「インターハイに向けての最終調整がねぇ。」
「ああ、陸上部も選ばれてましたね。」
「柔道部はどうなんです? 都大会優勝のルフィくんは やはり出るんでしょう?」
「らしいですよ。」
「ウチが3連覇の選手出すなんて初めてじゃあないのかな。」
「調整のほうは上手く進めているんでしょうかねぇ。」
いくら今時はどこでだって空調があるっていったって、やはり暑いのはかないませんよねと、猪首の回りをぐるりとタオルで拭いながら笑った英語担当の同僚の言いようへ、
「まったくですね。」
話を振られ、同意を示しつつも…それにしては涼しげなおっとり笑顔で笑い返した、こちらは物理担当の男性教師。採点が終わった期末考査の得点、写し間違ってはいないかと、クラス別の一覧表との読み合わせをなさっておいでだったものが。ふと…その視線を止めると、おやぁと辺りを見回したので。お隣の席についていた先生が“どうしましたか”と問いかけかけて、
「……?」
「…え?」
ふと。どこかから何かが小刻みに震えているような音がして。かたかた・かたた…と随分と小さくささやかな音が、少しずつ少しずつ大きくなってゆくのへ、職員室にいた先生方が皆して気づく。机の上の湯飲みが、触れている筆立てに当たってチリチリと音を立て。そうかと思えば、天井から吊り下げられた蛍光灯がゆらゆらと揺れて埃を落とし始めるに至り、
「やだ、地震ですか?」
半袖のスキッパーにトレパンという恰好の新任の女教師が、恐れからの思わずだろう、ジャージを背もたれに引っかけた回転椅子から、勢いよく立ち上がってしまったほど、明らかな振動だったのだけれども、
「……………止まりましたね。」
それ以上は高まることもないままに、すうと引いていった揺れであり。人の足元までもを揺するほどの規模ではなかったらしい。
「…テレビ。」
「そうだ、どっかで速報を流すんじゃないですか?」
「そうそう、見ときましょうよ。」
仕切り代わりのスチール棚の隙間に置かれた、何年型だかブラウン管の、結構な古さのテレビへと、早速のように誰ぞが手を伸ばす。いや驚きましたね、毎年どっかで大きいのが来てませんか、などなどと。無事に済んだからこその安堵から、多弁になっての感慨を語り合う諸先生方の会話に耳を傾けながら、
――さわ…っと
窓辺の梢が揺れたのへも、その意識が届いていたのは、彼にとってはそちらこそが…身近で判りやすい波動の気配だったから。南から吹いた風に揺れたは、桜の青葉。今の地響きが何か大きな動きがあっての余波だったという裏書きを乗せて、陰の気配を読み取れる者にしか判らぬ匂いを滲ませた風は、遥か彼方から潮の香を乗せて来ての、そのまま すうと掻き消えてしまい、
“……そうですか。
ルフィくんとゾロと、二人とも厄介な存在に見込まれてしまったのですね。”
それを護りたくてか、障壁結界の最も難儀な代物たる“合(ごう)”を、またしても無理からこじ開けて彼らの至近まで駆けつけた誰かさんだったようであり。
“私がお手伝いに行ったところで、今の身では何の足しにもなりませんしねぇ。”
気配が判るということと、事情が飲み込めているというだけのこと。それでは正念場に立つ彼らの足手まといにしかならぬだろうから、念を送るのさえ憚って、再びの何かしら、知らせでも届くのを待とうと構えた、こちらはコウシロウ先生だったりし。
“…そうですね。
皆さんが無事に戻ったら、
ルフィくんが好きそうなウナギのかば焼きでも奢ることにしましょうか。”
さわさわ躍る木洩れ陽に眩しげに眸を細め、慌てず騒がず、机の上の手びねりの重たげな湯飲みへと手を伸ばす。静謐な温厚さが相変わらずの、呑気なんだか頼もしいんだか…とりあえず 無事に帰還すればも一度逢えるぞと、泰然と待ってて下さる先生だったりするのであった。
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*ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、
すんませんっ、すんませんっ、本当にすいませんっ。(う〜ん)
何か、いきなり息詰まる展開続きなんで、
ちょこっとアクセントでも入れようかと。
……じゃあなくって。
ロビンさんが“合(ごう)”を侭にしておいでの気配、と来れば、
このお人だって何か感じてていいんじゃないかと思いまして。
それにしても あっと言う間にこの夏も過ぎちゃいましたねぇ。
夏のお話なんだってこと、皆さんも忘れちゃいますね、こうまで長引くと。
つくづくと季節感がついて来ない展開ですいませんです。
私が絵描きさんだったなら、
コウシロウ先生の浴衣姿で楽しんでいただいてたところでしたが。
(…どっちにしたって。) |